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TKC刊「戦略経営者」(月刊誌)

戦略経営者「行列のできる工務店の社長覚書」

「“原点回帰”で存亡の危機を突破」

戦略経営者「行列のできる工務店の社長覚書」
2010年3月号 No.281 TKC

 弊社は1998年創業。以来、完工売上高は当初の事業計画通りに2億円、4億円、6億円と順調に推移し、早くも3期目から黒字化が見えてきた。
 当時、インターネットの急速な普及を背景に、若手建築家を中心に自分たちが建てたいデザインコンセプトをユーザーに提示していく、いわゆる「プロポーザルアクセス」が始まっていた。一方で、従来型のn+LDKの間取りに対し拒絶反応を示す団塊ジュニア層を中心にした若い人たちが増加。両者の間に一気に回路が繋がった時期だった。
 そんな状況の中、弊社でも建築家が設計した斬新なデザイン住宅の施工実績をつくることによって、パブリシティ効果を生み出すことが可能になり、私は新たな住宅ビジネスモデルを構築できると確信した。当時、運よく著名建築家が設計した難易度の高い住宅を施工する機会が訪れ、オーナーとその建築家の配慮でオープンハウスを開催することができた。それが斬新なデザインだったことと、新しい木造住宅の可能性を追求した作品だったこともあいまって、多くの建築家が見学に訪れた。また通常では掲載採用が難しい住宅系雑誌に施工事例として取り上げられたことで、期待どおり絶大なパブリシティ効果が発揮されることになる。多くの建築家から施工依頼の問い合わせが増え、読みは見事的中。私は舞い上がってしまった。
 しかし、数年して、一部の施工案件の中に瑕疵に繋がる恐れのある不具合が見つかる。設計者によっては間取りに対する確証や経年変化に耐える部分的な基本ディテール(雨仕舞い、腐朽等)が欠落していたこと、そのような問題に繋がる納まりを施工段階で容認し続けたこと、そして社内に技術の検証ができる優秀な人材が育っていなかったことによるものだった。
 見た目、計数上は利益が残るものの、手塩にかけて施工した現場の一部が不良債権化しているのと同様である。そして何よりも私を信じてくれたクライアントに申し訳ない。大きな決断を迫られたのである。数年間で築いたものがすべて崩れ去る瞬間だった。
 私は一旦営業上のオペレーションをすべて停止させ、ほとんどの社員をそれらの補修作業へ向かわせる決断をした。また5,000万円を超える数件の工事請負契約を直前に控えていたが、それらすべてをお断りしたのである。弱小資本ゆえに要員確保に限界があり、新しい仕事を請け負って完成させる余力が無かったからだ。
 まず作業を行うために事情を説明して回った。当初訝しがっていたクライアントも最終的に私を信用していただき、補修作業も順調に進んだが、その間数百万円単位の補修費が嵩み、結局当期は数千万円の赤字を計上。
 次は当社と関係している銀行や取引先企業への決算報告である。一年間で債務超過寸前まで落ち込んだ会社を信用していただけるのだろうか?私は大赤字の決算書と翌期の事業計画書を作成し、関係方面へ事実と今後の計画を包み隠さず説明することに奔走した。
 このままのビジネスモデルを基盤に据えて経営していては、また同じ轍を踏む。考え抜いて出した結論はこれまでのビジネスモデルを一旦捨てるというものだった。注文住宅供給という仕事は建築業でありながら、その本質は製造業の側面を持つ。建設する地域の近隣環境や道路付け状況、完成するまで自然現象に晒されている作業現場で、その都度安定した品質を供給できる体制をつくらない限り、見えない負の遺産を増幅させ、会社存続が危ぶまれる。私は目先の計数を意識しながら、確固たるモノづくりができる態勢強化を優先した。外部からコンサルタントを招へいし、住宅の品質の根幹とも言える標準化作業を進める一方で、当時経営不振に陥った施工会社から数名の優秀な技術者を受け入れた。工務店として原点に立ち返り、「品質は現場でつくり、守る」ことを徹底したのである。そしてようやくいま、私が本当に供給したい品質の高い「家」のイメージが徐々に見えてくるようになってきている。

清水 康弘

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